肺高血圧症 グループ2

以前に肺高血圧症の概要についてお話ししました。
肺高血圧症は原因によって6種類のグループに分類されています。
今回は原因別に分けられる分類のうち、犬で最も多いグループ2左心系疾患から起こる肺高血圧症について詳細をご紹介します。

グループ2は左心系疾患、すなわち心臓の左側にある左心房、左心室側の疾患がもとで起こる肺高血圧症になります。

グループ2の中でも以下のように分類されています。

2a. 左室機能不全
2a1. 犬の拡張型心筋症
2a2. 心筋炎
2b. 弁膜疾患
2b1. 後天性心疾患
 2b1a. 粘液腫性僧帽弁疾患(僧帽弁閉鎖不全) (犬で最も多い後天性心疾患)
 2b1b. 心内膜炎
2c1. 先天性/後天性左心流出路狭窄および先天性心筋症
 2c1a. 僧帽弁異形成
 2c2a. 僧帽弁狭窄症
 2c3a. 大動脈弁狭窄症
後天性:出生後発症 先天性:生まれつき存在

肺高血圧症は、肺血管内の高圧状況と定義されております。
肺血流量の増加、肺血管抵抗が増加、肺静脈圧の増加、これらのミックスが起こっています。
正常な肺血管は通常血管壁が薄く低圧で低血管抵抗、高容量対応(大量の血液を受け入れられる)のシステムであり、通常は全身から送られて来た血液が右心室 (RV) 、左右の肺動脈へスムーズに送られます。血液が肺胞毛細血管へ到達するとガス交換され肺静脈を通って最終的に左心房に入ります。

左心系疾患は左房圧が上がることによりその前の領域である肺血管に伝わり肺血管の圧が高くなる状況になります。慢性的な中程度から重度の左心系疾患があると肺血管自体の構造にも異常(肺血管の肥厚や収縮:リモデリング)をきたして肺動脈圧が上昇します。

好発犬種

後天性の心疾患である粘液腫僧帽弁疾患(僧帽弁閉鎖不全症)が原因であることが圧倒的に多いため中高齢の小型犬では多く認められます。

症状

疲れやすい、安静時の努力呼吸、運動時の失神、運動後に頻呼吸が長引く

その他にも食欲の低下などが出る子もいます。

診断

心エコー検査

当たり前のことですが、通常の肺高血圧症の所見に加え、左心系疾患が存在することが条件となります。
前述したように最も原因として多い弁膜症、僧帽弁逆流、三尖弁逆流、大動脈弁逆流などになります。
また、同時に左心系疾患による左心房への負荷、すなわち左心房拡大が必須となります。
ただ、急性の悪化(急性の腱索断裂)では左房が十分に拡大していないケースもあるため総合判断になります。

また、肺高血圧症は1つの原因だけではなく、いくつかの原因が複合的にある場合があります。弁膜症は通常中高齢で発症するため、基礎疾患の確認が必須となります。よって、レントゲン検査、血液検査や腹部超音波検査でその他の疾患の除外を行うことが必要なケースが多くあります。

図1-a:僧帽弁閉鎖不全症の心エコー図
図1-b:図1と同様のエコー図 通常の僧帽弁閉鎖不全症が認められ左心系の顕著な拡大が認められる。通常は右心系は画面上部に少し見える程度。
図2-a:僧帽弁閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不全症、肺高血圧症の心エコー図
図2-b:図2-aのエコー図 通常は右心系がほとんど描撮されますが、肺高血圧症(三尖弁逆流あり)のために左心系が右心内の高圧で押されて逆転が起きています。

注:参考の肺高血圧症のエコー図は左心系疾患(僧帽弁閉鎖不全)に他疾患の合併があってグループ6と診断しましたがが、写真がわかりやすいため載せさせていただきました。

治療

肺高血圧症の治療は症状の強さや原因疾患の重症度によって変わりますが、基本的には原因となっている基礎疾患の治療が優先されます。

左心系疾患からの肺高血圧症であれば理論的には左房圧の軽減です。実際には、もともと存在する左心系疾患に対する心不全治療を行います。

肺高血圧に対する特異的な薬として肺動脈拡張薬(シルデナフィルなど)があります。しかし、もともと左心系疾患があるため、肺血管拡張薬で肺血管への血流の増加が左心系への血流の増加につながり急性肺水腫を引き起こす可能性があります。
そのため、左心系心疾患があるこのグループの肺高血圧症に対して肺動脈拡張薬を使用するには投与後入院によって経時的に心サイズや負荷のチェックをする慎重投与が求められます。

肺高血圧は中程度から重度になると呼吸不全が強くなり予後も不良です。
このグループの肺高血圧症は心雑音から病気を早期発見して適切な時期に治療が開始することで、治療を開始しなかった症例より症状が起こるまでの良好な時間を延長できるメリットなど予後改善が見込めます。可能性があります。

左心系心疾患があっても肺高血圧症を併発しないこともありますが、中程度から重度の左心系心疾患があると肺高血圧症で症状が悪化するリスクはかなり高いと考えます。

中高齢になったら少なくとも年に1−2回は身体検査などの検診を受けることをお勧めします。

参考文献:ACVIM consensus statement guidelines  2020

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この記事を書いた人

巡 夏子

大学卒業後、北海道の中核病院で内科や外科診療に携わった後、関東の夜間救急病院で勤務しながら大学病院や2次診療施設で循環器診療を習得。その後、2つの一般病院で診療部長や副院長として診療にあたる。2023年、渋谷区元代々木町に「めぐり動物病院 元代々木」を開院する。