犬の膵炎

犬も猫と同様に膵炎のほとんどは特発性です。ただし、犬ではいくつかの危険因子が特定されています。
過去の研究ではミニチュア・シュナウザーの発症が多いことが報告されており遺伝的素因を持っているのではないかと推測されています。他の研究では、ヨークシャー テリア、コッカー スパニエル、ダックスフント、プードル、またはその他の一部の品種での有病率が高いことが報告されています。

【原因】

食事(過食、誤食、高脂肪食など)は実は犬の一般的な危険因子であると考えられています。また、中性脂肪が高値な場合(血清TG濃度が 500 mg/dL 以上)膵炎の危険因子となります。しかし、以前の猫の膵炎の回でお伝えしたように猫では危険因子とは考えられておりません。
また”副腎皮質機能亢進症”という病気は犬の膵炎の危険因子としていくつかの研究でいわれています。手術の時に膵臓に触れると膵炎を起こすとした説もありましたが今では否定的で、手術後の膵炎発症のほとんどは、麻酔の影響による膵臓の灌流低下(血流が悪くなる状態)が原因であると考えられています。重症例の麻酔、大きな手術または長い麻酔時間ではあり得ることかもしれません。
また、感染症が関係していると考えられていますが、ほとんどの場合、因果関係は低いとされていますが、犬では、バベシア・カニスまたはリーシュマニア感染による膵炎が報告されています。

人間の膵炎の原因では多くの薬物がに関係していると考えられていますが、犬や猫で確認された薬物はほとんどありません。ただ、一般的にはほとんどの薬剤は膵炎の原因になりうると考えられており、コリンエステラーゼ阻害剤、カルシウム、臭化カリウム、フェノバルビタール、L-アスパラギナーゼ、エストロゲン、サリチル酸塩、アザチオプリン、チアジド系利尿薬、ビンカアルカロイドなどになります。普段使用する薬剤もありますが、よくあることではないと考えてよいでしょう。

多くの異なる原因は共通の流れで最終的に膵炎につながる可能性があります。
膵炎の初期段階では膵液の分泌が減少します。これに続いてチモーゲン顆粒とリソソームが共局在化し、共局在する細胞小器官内でトリプシノーゲンがトリプシンに活性化されます。次に、トリプシンは、より多くのトリプシノーゲンと他のチモーゲンを活性化します。その早期に活性化された消化酵素は、膵臓浮腫、出血、炎症、壊死、および膵臓周囲脂肪壊死を引き起こします。つまり、膵臓自体が分泌する消化酵素が膵臓自体やその周りの組織を消化(溶かしてしまう)してしまうということです。
その後の炎症の過程により、白血球の遊走とサイトカインの産生が起こり、サイトカインは血流中を循環し、全身性炎症、播種性血管内凝固症候群、低血圧、腎不全、肺不全、心筋炎、さらには多臓器不全などの全身の合併症を引き起こします。

【症状】

消化器症状が少ない猫の膵炎と比較すると、犬の膵炎では嘔吐は頻繁に見られる症状です。
以下は過去の報告で犬の膵炎の患者さんで認められた症状を割合でまとめたものです。

臨床症状発生率%
元気消失79
食欲低下/食欲廃絶(全くないこと)91
嘔吐90
脱水46
下痢33
腹痛58

軽度の膵炎の犬や猫は、無症状であることもあれば、食欲不振、元気消失などの漠然とした症状しかないこともあります。

人間の膵炎患者の 90% 以上が腹痛を報告していることを考えると、腹痛の報告率が低いことは注目する点で、我々獣医師の認識不足が原因である可能性が高いと考えます。

【診断】

症状エコー画像所見、血液検査の膵特異リパーゼなどの結果の総合判断になるとされ、

嘔吐や腹痛を伴う症状でこれらの検査で疑う所見があれば、犬の膵炎をの診断が示唆されます。

  • 血液検査では
    CBC および血清生化学は炎症を示唆する可能性がありますが、非特異的です。血液検査は主に全身の合併症または併発疾患や他の鑑別診断を除外するのにも重要になります。
  • 腹部X 線写真
    炎症によって腹腔内頭側部のディテール低下や臓器の変位(位置の変化)が示される場合がありますが、これらの所見も非特異的であり、X 線写真所見のみで診断はできません。しかし、やはり腹部 X 線写真も他の病気を排除するために重要となります。
  • 腹部超音波検査
    重度の急性膵炎にかなり特異的な検査になりますが、膵臓腫大、膵臓周囲の体液の蓄積だけでは診断には十分ではありません。膵臓の肥大、膵臓周囲の体液の蓄積、エコー源性の変化(すなわち、膵臓壊死を示唆するエコー源性の低下、膵周囲脂肪壊死を示唆する膵臓周囲のエコー源性の増加)、および/またはマスエフェクト(周囲組織の変形)の組み合わせは、膵炎を示唆します。
  • 膵リパーゼ免疫反応性 (PLI)の測定は、血清中の膵リパーゼ濃度の測定に特異的であるため、膵炎の最も特異的な診断検査となります。感度も高くなります。

治療

急性膵炎: 根本的な原因と危険因子の特定と治療、支持療法、対症療法

慢性膵炎:上記と同様、進行状況をモニタリングし、改善が見られない場合は免疫抑制剤などを使用し治療を行う

  • 重度膵炎の主力治療は輸液療法です。状態の慎重なモニタリング、全身の合併症を防ぐための早期支持療法になります。脱水の程度をみて、点滴が禁忌でない場合は 4 ~ 8 時間かけて行います。
  • 稀ですが原因がわかっているケースでは、原因に対する特定の治療がされます。
  • 抗生物質は疑問があり、日常的に使用すべきではないとされます。
  • 膵臓を休めること(=絶食)は、犬が制吐治療をしたにもかかわらず、頻繁かつ激しく嘔吐する場合にのみ推奨されますが、絶食を始めてから遅くとも48時間以内には口から食事を入れることが推奨されており、実際、人でも早期の栄養サポートは、重度の膵炎患者の治療を成功させるための重要な要素であると考えられています。
  • 嘔吐がある場合はマロピタント、オンダンセトロンなどの制吐薬、または両方の組み合わせで治療する必要があります。嘔吐がない場合も悪心のため食欲不振または食欲不振につながる可能性があるため、このような制吐が推奨されます。
  • 腹痛は存在すると仮定して治療すべきです。軽度または中程度の腹痛がある動物には、断続的にブトルファノール、またはブプレノルフィンなどの痛み止めが使用されます。重度の痛みを伴う動物は、モルヒネ、フェンタニルなどのオピオイドの点滴注入、またはフェンタニル、ケタミン、リドカインの併用療法で治療することが推奨されております。

    膵炎に対しては他にも多くの治療法が犬、猫、人間で研究されてきましたが、残念ながらどれも有効であるとは証明されていません。
  • 近年、急性膵炎の特別な治療のための新しい薬剤であるブレンダ Z が、日本で犬の急性膵炎の治療に認可されました。この薬は北米でもヨーロッパでもまだ使用が認可されていません。

軽度の膵炎を患っている動物は、危険因子(例、高トリグリセリド血症、高カルシウム血症、膵炎を引き起こす可能性のある投薬歴)および併発疾患(例、胆管炎、肝炎、炎症性腸疾患、糖尿病など)の存在について注意深く評価する必要があります。

  • 犬の場合、食事療法として、超低脂肪食を与えることが非常に重要です。
  • 制吐薬や食欲増進薬(カプロモレリン)は吐き気を止め食欲を出すために推奨されます。
  • 慢性膵炎の動物が治療に反応しない場合は、プレドニゾロン(犬)、またはシクロスポリン(犬または猫)による試験が試みられる場合があります。シクロスポリンは、グルココルチコイドよりもインスリン抵抗性に対する影響が小さいため、糖尿病を併発している動物でも使用しやすいです。

軽度の膵炎の場合の予後は良好ですが、重度な場合予後が悪いとされます。
低体温症、アシドーシス、低カルシウム血症、単臓器不全または複数の臓器不全などの全身合併症は、予後の危険因子と考えられており、早い段階で発見されることが重要とされます。

過去にこっそりゴミ箱をいたずらして誤食した子が激しい膵炎になり1日で激しい嘔吐と下痢で治療の甲斐なく亡くなった子がいたことを覚えています。また、クリスマスにケーキを少しだけ与えて膵炎になった子も思い出します。

誤食を避け、肪分分が多いものは避けるなど、日常生活で気をつけられることは気をつけてあげましょう。
いつも大丈夫なものや他の子が食べて大丈夫でも体調によって症状が出てしまうこともありますので、ご家族間で与えたものの共有はしておきましょう。

ご不明点やご心配なことがあればお気軽にお問い合わせくださいね。

この記事を書いた人

巡 夏子

大学卒業後、北海道の中核病院で内科や外科診療に携わった後、関東の夜間救急病院で勤務しながら大学病院や2次診療施設で循環器診療を習得。その後、2つの一般病院で診療部長や副院長として診療にあたる。2023年、渋谷区元代々木町に「めぐり動物病院 元代々木」を開院する。