猫の膵炎

猫の膵炎は犬とは似て非なるものとされています。人の膵炎とも大きく違うようです。

中高齢の猫でかかるイメージがある膵炎。
元気がなんとなくないという症状しか出ない場合もあるこの病気。
診断がとても難しいとされます。

過去には猫の膵炎は稀と言われてきましたが、近年は違った見解になってきています。

アメリカの大学病院で死後剖検された115匹の猫の研究で膵臓を調べたところ、組織学的には66.1%で膵炎があった。また、そのうち50.4%の猫は慢性膵炎のみで、6.1%には急性膵炎のみ。9.6%には急性および慢性膵炎所見があったという報告がでました。一見健康な猫の 45% に膵臓という臓器を調べてみると炎症のサインがあったということです。。

これは、症状がないものの膵炎を患う猫がいるのか?あるいは病理検査の定義がやや過剰なのかという論議を起こしており調査が必要とされています。
このデータと比較すると実際に病院で膵炎と診断される頻度は低いのですが、過去 20 年間で着実に膵炎が診断されやすくなっています。その理由として、先ほどの病理報告で獣医師が膵炎を見落とさないようになってきているのもあると考えます。

では、なぜ診断が難しいのか、どのような原因、症状が出てどんな治療法があるのかご紹介します。

原因

猫の95%以上は特発性であると考えられており原因の特定はできないとされています。
猫の膵炎には年齢、性別、品種による素因はないとされます。

感染症は猫の膵炎では稀とされております。猫では、トキソプラズマや一部の寄生虫、FIP(猫伝染性腹膜炎)などの報告があります。

薬剤も犬や人では関連が言われているものもありますが、猫では報告がありません。

自己免疫性の膵炎はまれに人に発生し、慢性膵炎時に免疫抑制療法に反応するため一部の猫では免疫介在性が原因になっている化膿性もあります。

また、猫の膵炎は、糖尿病、慢性腸疾患、肝リピドーシス、胆管炎、腎炎、免疫介在性溶血性貧血などと併発することがありますが、これらの疾患が膵炎の原因となるか、反対に膵炎になる危険因子であるかはまだ解明されていません。

症状

猫の膵炎は様々な症状がでます。
人や犬で強い腹痛を示すとされていますが、猫でも起こりうるものの、猫の腹痛を特定するのは容易ではないとされます。
以下は膵炎と診断された猫で出ていた症状の割合と身体検査所見の割合です。お腹の痛みは1−3割くらいの猫でしか検出できていません。

臨床症状発生率%
元気消失51-10
食欲低下/食欲廃絶(全くないこと)62-97
嘔吐35-52
体重減少30-47
下痢11-38
呼吸困難6-20
身体検査所見発生率%
脱水37-92
低体温39-68
黄疸6-37
明らかな腹痛10-30
高熱/発熱7-26
触診で腹部に腫瘤(塊)触知4-23

診断(検査)

  • 腹部X線撮影 
    膵炎が重度の場合は強い炎症が起こり頭腹部の臓器の形が不鮮明になる等の所見がありますが、膵炎を見つけるための感度と特異度がいい検査ではありませんがおこ入りうる。膵炎特有の所見とはいえないということで、他の病気の除外になります。
  • エコー検査
    膵炎の疑いのある猫は一般的な検査になります。
    消化器症状がある場合は腸、肝臓、胆嚢の併存疾患を患っている可能性がありますがこれらの疾患にとってもエコー検査は重要になります。
    猫の急性膵炎の超音波検査所見は、特に目立つ所見がない場合もあれば、膵臓の肥大、腸間膜周囲の高エコー、局所的に腹水がある場合もあります。十二指腸は拡張し波形になったりすることがあります(コルゲートサイン)。猫の急性膵炎を診断するためのこれらの所見の感度は 11% ~ 67% の範囲であると報告されており、重症度であればるほど発見されやすくなります。
  • 血液検査
     体の状況把握と他疾患の除外診断として必要ですが、猫の急性または慢性膵炎の診断に特異的なものではありません
    膵炎を患う猫の血液学的所見はさまざまで、急性膵炎の猫では、食欲低下、嘔吐、下痢、またはこれらが複合的に起きて脱水を起こすため赤血球の上昇があります。また、炎症性疾患であるため、左方偏移を伴う好中球増加または好中球減少症を特徴とする炎症性白血球も認められることがあります。重症例では血液凝固に異常が出ます。
     併発疾患(胆管系の炎症、肝外胆管閉塞、肝リピドーシス)があると肝酵素やビリルビンが上がります。また、脱水の結果、血清クレアチニン、血中尿素窒素 (BUN)、および対称ジメチルアルギニン (SDMA) 濃度が上昇することがあります。
    重度の急性膵炎を患っている猫では、高窒素血症(BUN高値)と低尿比重(尿が薄い)は、低酸素血症、腎微小循環障害、または血液量減少に続発する急性腎損傷によって生じる可能性があります。高窒素血症は病気の進行と関連しており、急性の壊死性化膿性膵炎という状態になると低血糖や高血糖が見られることがあり、低血糖は予後不良と関連しているとされます。
    人や犬では膵炎は血清トリグリセリド(TG:中性脂肪)またはコレステロール濃度、またはその両方の増加からなる高脂血症を伴うとされますが猫では高TG血症はまれで膵炎との関連は報告されていません。
    また、重度の急性膵炎を患う猫では低カリウム血症、低塩素血症、低ナトリウム血症、低カルシウム血症などの電解質異常は一般的ですあります。
  • 血液検査のリパーゼ
    猫の膵炎の診断における血清リパーゼ活性は膵炎でも上昇しないとされます。また猫に特有な血清膵リパーゼ免疫反応性 (fPLI) を測定することで診断の精度があがります。軽度の場合よりも重度の場合の方が感度が高いとされます。一つの報告では275 匹の病気の猫における Spec fPL の陽性的中率 90%、陰性的中率 76% が報告されました。著者らは、Spec fPL 結果が陽性であれば膵炎の可能性が高い診断を示しているが数値が正常だからと言って膵炎の除外には使用できないと示唆しました。

まとめると、猫の膵炎の診断が難しいのは確定的な検査がないこと、除外診断が主であること、症状があいまいな点があるかと思います。

治療

猫の膵炎のほとんどは特発性であり、治療はおもに対症療法です。

合併症(例、肝リピドーシス、胆汁うっ滞、急性腎障害、肺炎、ショック、心筋炎、播種性血管内凝固症候群、多臓器不全)の管理および併存疾患(例、糖尿病、糖尿病性ケトアシドーシス、胆管炎、慢性腸症)の診断および治療は、重要な役割を果たします。ヒトでは、新しい治療標的と薬理学的薬剤が開発されつつあるものの、急性膵炎の自然な進行を変える証明された疾患特異的薬理学的治療はありません。急性膵炎の管理目標は、輸液療法、疼痛管理、嘔吐および明らかな吐き気の制御、および栄養サポートに焦点を当てています。

誘発原因の治療

膵炎にはいくつかの病気や危険因子が関連しており、その中には特定の治療が可能なものもあります。薬歴を注意深く調べ、猫やその他の動物の膵炎の原因となる薬剤の使用は可能な限り避けた方が良いとされます。

輸液療法

脱水やミネラルのバランスを修正するために血管点滴が行われます。
膵臓は、血液量減少の悪影響に加えて、血管透過性の増加(炎症および腺房細胞損傷による)および微小血栓形成(凝固亢進による)の結果として、血流の変化にも影響を受けやすい。初期の IV 輸液療法を使用して正常血液量を確立すると、膵臓の灌流と酸素供給が改善され、組織の損傷が防げる化膿性があります。ヒトの場合、乳酸リンゲル液による早期の積極的な水分補給は、急性膵炎患者の臨床症状の改善を早めます。病院に運ばれるまでの臨床症状の持続期間は死亡の確率に正比例しており、これは脱水も原因であるとされます。食欲不振、嘔吐、下痢は低灌流を引き起こし、代謝性アシドーシスや腎前高窒素血症を引き起こす可能性がありますが、これは輸液療法で治療できます。低血糖症、糖尿病性ケトアシドーシス、腎臓病の同時発生は、さらに代謝性アシドーシスの原因となる可能性があります。猫の水分補給は、過剰な水分補給を避けるために注意深く監視する必要があります。

制吐薬と胃腸運動促進薬

猫の膵炎では嘔吐や明らかな吐き気がよく見られますが、犬ほど頻度は高くありません。制吐薬は、体液と電解質の損失を最小限に抑え、逆流や続発性食道炎の可能性を減らすために重要です。吐き気と嘔吐を適切に管理することで、自発的経口摂取(PO)または経管栄養のいずれかをより早期に許容できるようになる可能性があります。

猫に最も一般的に使用される制吐薬はマロピタントですが、中枢性と末梢性嘔吐の抑制の両方に作用します。また、マロピタントには、内臓鎮痛や抗炎症作用などの追加の利点がある可能性があります。他にオンダンセトロンを追加することもあります。機能的に胃腸の動きが悪くなる場合はメトクロプラミドが使われます。

痛みの管理

猫の痛みを評価するのは難しいとされ、いろいろな評価法が開発されてきています。猫の急性膵炎では人間や犬に比べて腹痛が報告されることは少ないですが、おそらく見過ごされていることが考えられています。急性膵炎の猫にはオピオイドを主な鎮痛薬として使用する必要があります。ブプレノルフィンは痛みどめに適していますが、より重度の痛みを伴う場合は麻薬性のフェンタニルが鎮痛剤として適しています。
最近は吐き気留めのマロピタントクエン酸塩も内臓鎮痛を提供する可能性があることを示唆しています。経口投与されるブプレノルフィンまたはマロピタントは通院の子にも使用でき、トラマドール、ガバペンチン、またはこれら 2 つの薬剤の組み合わせももご自宅で投与できる鎮痛薬の選択肢として考慮されます。

食欲増進剤

急性膵炎を患う猫のほとんどは食欲不振があり、これが栄養失調、胃腸バリアおよび免疫機能の低下の一因となる可能性があり、食欲を回復することが治療に重要です。軽度から中等度の膵炎の場合、食欲増進剤は多くの場合、自発的な食物摂取を回復する効果的な方法です。猫に最も一般的に処方される食欲増進薬はミルタザピンとカプロモレリンです。ミルタザピンは食欲不振の猫で評価され、その利点の一つに制吐作用がある可能性が言われています。今は経皮軟膏(耳につけるタイプ)が猫に使用でき便利になりました。

栄養

栄養管理はヒトの急性膵炎の管理において中心的な役割を果たしますが、猫の急性膵炎の最適な栄養管理に関する情報はまだ明らか担っていません。
かつて、膵炎の猫で絶食がされていましたが、今は膵炎の猫での絶食は推奨されません。また、場合によって猫では、食欲不振で肝リピドーシスを発症し、死亡率が大幅に増加することが知られています。よって、経口栄養または経管栄養による経腸栄養を早期に開始する必要があります。
軽度から中等度の急性膵炎の猫は、多くの場合、適切な支持療法と対症療法を受けながら食事を開始しますが、合併症を伴う重度の猫の場合は、適切な栄養補給のために栄養チューブが必要になることがよくあります。さらに、必要に応じて、水分補給、経口薬の投与、胃減圧のために栄養チューブを使用することもできます。膵炎に適した食事というのは猫ではまだ解明されていませんが、消化器系の処方食があり、消化に良い食事が推奨されています。

経腸栄養チューブの留置は、食欲増進剤に 48 時間以内に反応しない子、または発症前にさらに長期にわたる食欲不振があった場合に推奨されます。鼻食道チューブやまたは食道瘻チューブは、急性膵炎の猫に最も一般的に留置されるチューブである。一般的に経鼻食道チューブは費用対効果が高く、局所麻酔で簡単に設置できるため全身麻酔の必要がなく、入院している猫や重度の衰弱状態にある猫の短期間の栄養補給に適しています。経鼻食道チューブの場合、栄養補給は流動食に限定されます。食道瘻チューブの留置には全身麻酔とより専門的な技術が必要ですが、長期間の栄養補給が予想される場合には適しており缶詰の食事を液体にして粒が大きいまま入れられます。

まだまだ解明されていないことが多い膵炎ですが、中齢や高齢で多い理由は他の疾患と併発して起こることがあるからでしょう。食欲不振が原因不明な時に真っ先に疑われるようになってきました。治療も難しいのですが、すこしずつ色々な治療を実施していくことが重要です。

ご不明点があればお気軽にお問い合わせくださいね。

参考文献Marnin A. Forman et al. ACVIM consensus statement on pancreatitis in cats 2021

この記事を書いた人

巡 夏子

大学卒業後、北海道の中核病院で内科や外科診療に携わった後、関東の夜間救急病院で勤務しながら大学病院や2次診療施設で循環器診療を習得。その後、2つの一般病院で診療部長や副院長として診療にあたる。2023年、渋谷区元代々木町に「めぐり動物病院 元代々木」を開院する。